博士、博士、ちょっとお伺いしたいことが．．．

　うむ、なんじゃね？

　実はこれなんですが．．．

　うん？ 君が手にしているのはニッポンのヨコハマ周辺の地図と鉄道路線図じゃな。またぞろ鉄っちゃんの虫でも騒ぎ始めたのかね？

　博士、ワタクシは確かに鉄道ファンですが、鉄道マニアではありません。 ましてや、鉄っちゃんなどという蔑称で呼ばれるべき者などでは．．．

　ああ、わかったわかった。 ワシが悪かった。で、これがどうかしたのかね。

　実は、このヨコハマで怪奇現象が発生していると聞き及びましたので、ワタクシなりに調べてみたのですが、どうもよくわかりません。 そこで博士のお知恵を拝借したいと思いまして。

　ほう、それは面白そうじゃな。 具体的にはどういう現象が発生するのかね。

　博士、なんだかニッポンの某テレビ番組みたいな展開ですね。 わくわくします。

　ああ、あれか。 その番組なら、ワシもよくトウキョウフードストアでビデオを借りて観ておる。 しかし、あの研究所は大したところではないぞ。 この前など、フロッピーディスクでデータの受け渡しをしておった。 ＬＡＮすら敷設しておらぬようじゃ。 さかんに「スーパーコンピュータの分析によれば」などとも言っておるが、 スーパーコンピュータというものが如何にアテにならぬかは、 ニッポンの天気予報がよく外れるということで実証されておる。

　あ、いや、博士。 スーパーコンピュータには凄い処理能力がありまして．．．

　知っておるか？ ニッポンの気象庁は、ワシが昔働いたことがある某社製のスーパーコンピュータを使っておる。 その会社ではな、初号機を出荷する前にお祓いをしたり、お神酒をかけたりするのじゃ。

　博士、それは噂の域を出ないのではありませんか？

　いや、これは事実じゃ。 御札を貼ってある筐体も見たことがあるぞ。 神頼みで動くコンピューターなぞ信じられるものか。

　あの、博士、話を元に戻したいのですが．．．

　うむ。そうじゃな。どういう現象が発生するのかね。

　はい、ごく正常なニンゲンが突然、一時的な錯乱状態に陥ります。 しかも奇妙なことに、この現象は特定の職業に従事するニンゲンにしか起こりません。

　ふうむ、それは穏やかではないな。もっと詳しく説明してくれたまえ。

　はい、まず場所ですが、ヨコハマのナカ区です。 ナカ区というとちょっとピンときませんが、ヨコハマきっての賑やかなところです。 ニッポン最大のチャイナタウンがあるほか、近年では高層ビルがどんどん建設されています。 ニッポンで一番背が高い建物だということになってはいますが周囲に比べるものがないので本当にそうなのか誰にも判らないランドマークタワーですとか、 若い娘達が「ここならいいわ」と頷くというインターコンチネンタルホテルですとか．．．

　それじゃ！

　は？

　チャイナタウンと高層ビルじゃよ。

　どういうことでしょうか。

　世界中どこでもチャイナタウンは風水思想に則って建設されておる。 ヨコハマも例外ではないはずじゃ。 ところが、近年になって後から建設されたビルが風水を歪めたおかげで気脈が乱れ、 邪気が発生しておるのじゃろう。 その邪気がニンゲンを錯乱させておるに違いない。 おお、とうとうヨコハマにも妄人が出現してしまったか。

　博士、ＴＶゲームは１日２時間以内にしてください。 この前も３Ｄ酔いで頭が痛いとおっしゃってたではありませんか。 それに、博士ほどの偉大な科学者が風水などという非科学的なことにとらわれるなんて．．．

　可能性を述べただけじゃ。真に受けるな。説明を続けたまえ。

　はぁ。では次に発生時刻ですが、大体、朝５時から夜中の１時の間に発生するようです。

　ふむ。

　被害者は電鉄会社の社員、中でも「車掌」と言われる職種に集中的に発生します。

　それは勤務中にかね。

　はい、その通りです。電車に乗務中、ある地点を通過すると突然、著しい記憶の混乱と退行現象をきたし、 幼児語で叫び出すそうです。最近ではこの被害を防ぐために新型車両が導入されたという情報もあります。

　その新型車両には、電磁波の影響を排除するためのシールドでも施してあるのかね？

　いえ、車内に液晶画面が取り付けられていて、天気予報や次に停車する駅名が表示されたりするだけのようです。

　で、車掌は具体的には何と叫ぶのじゃ？

　はい、「つぎわかんない！」と。

　おお、有事の際には乗客を導かねばならない車掌が、一時的とはいえそのような状態に陥るとは、大変危険なことじゃ。 これはすぐにでも調査に向おう。

　でも博士、もう予算がありません。

　むう、それは仕方がない。では、プラズマのせいということにしておこう。

　あ、あの、博士。それでは意味が．．．

　プラズマは「あらゆる怪奇現象」の素らしいぞ。

　．．．ありがとうございました、博士。

　うむ、わからないことがあったら何でもワシに尋ねに来たまえ。

　そう言えばじゃな、カンナイには素敵なフレンチレストランがあるのじゃよ。本場フランスで修行したマスターが、本物の材料を使った美味しくてヘルシーな料理を、お手頃な値段で食べさせてくれるぞ。お店の名前はシュミネーじゃ。