博士
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アストロ球団とは

助手
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博士 『アストロ球団』はな、沢村というニッポンの伝説の大投手の復讐物語なのじゃよ。

助手 いったいどういう理由で伝説になったのですか?

博士 沢村はな、第二次大戦前、メジャーリーグの選抜チームがニッポンに観光旅行、 もとい、遠征に行ったときに対戦して、善戦したのじゃ。

助手 はぁ。観光気分、もとい、長旅で疲れている寄せ集めチームに善戦しただけで 『伝説』になるのなら、 真剣勝負のペナントレースでばんばん勝っている野茂や伊良部あたりは そのうちニッポンで『神話』にでもなってしまいそうですが。

博士 いや、彼が『伝説』になったのは善戦したからだけではないぞ。

助手 どういうことでしょう。

博士 沢村は第二次世界大戦に出征したのじゃ。

助手 あ、戦死したんですね。それで伝説に...

博士 いや、沢村は生きて還った。

助手 そうなんですか。

博士 ただ、戦場で大怪我を負ったのじゃ。野球界には馬術界と違って、 敵味方を越えて名選手を敬う気風というものがなかったようで、 出てきてくれと呼びかけられることもなく、あっさり攻撃されたのじゃな。その怪我のせいで沢村は投手生命を絶たれたのじゃ。

助手 では、伝説になりようがないのではありませんか。

博士 まぁ、ハナシを聞きたまえ。戦争が終わった後、彼はニッポンの野球界に戻ったのじゃ。 投手はもうできぬから野手に転向したが、怪我のため送球が遅かった。 おかげでアウトが全然とれぬ。 このままではお払い箱になる、と危機感を抱いた沢村は名案を思いついた。

助手 何でしょう。

博士 なんと、走っている打者に向かって球を投げたのじゃ。

助手 しかし博士、ドッジボールじゃあるまいし、 野球ではニンゲンに球を当ててもアウトにはなりません。 だいいち危ないではありませんか。

博士 そうじゃ、危ない。それが狙いじゃ。自分めがけてボールが飛んでくるのに 気付いた打者は『あ、あぶない』と立ち止まる。ボールは打者の直前で ギューンとカーブして一塁手のミットに収まるのじゃ。 もと投手ならではの大変化球じゃな。 沢村はこれを『魔送球』と名付けた。

助手 発想の転換って奴ですね。ナイスアイデアです。 しかし、直前で曲がって当たらないと気付いたら、誰も立ち止まらなくなりませんか。

博士 心配には及ばん。ときどき本当にぶつけてやればよいのじゃ。ワシの自宅の近くのゴミ収集所は朝9時までにゴミを出せということになっているのじゃが、収集車がやってくるのはたいてい昼過ぎじゃ。ところが、寝坊してしまって昼前にゴミを出そうとした時に限って、9時ちょうどに収集を済ませておったりする。おかげで、近隣住民はみなちゃんと9時までにゴミを出すようにしておるぞ。ワシはこれを『魔送球の論理』と呼んでおる。

助手 ゴミのハナシはともかくとして・・・凶悪ですね。戦争は人の心も変えてしまうんですね。

博士 ルール上は問題ないのじゃよ。ぶつけられた側は怒るかもしれんが、 そういう時は『ゴメンね、ハンディキャップがあるもんで...』と言えばOKじゃ。 一昔前のニッポンの繁華街には、自分のハンディキャップをそういうポジティブな 方向にいかした元軍人ストリートパフォーマーが沢山いたそうじゃ。 まさに『自分のハンディキャップをマイナスにとらえず社会に飛び込んで』 いたのじゃな。

助手 しかし、少なくともプロスポーツマンにはあるまじき行為ですね。 野球発祥の地・合衆国の市民として、そのような野球を冒涜するヤツは かんべんなりません。

博士 いや、そう考えたニッポン人もいたのじゃ。 彼は魔送球を邪道だと断じ、沢村に球界を去るように迫った。

助手 それは自由と民主主義のスポーツに携わる者として当然のつとめです。ニッポン人の中にもそれがわかっている人がいるんですね。それで沢村はどうしたんですか。

博士 うむ。結局、彼は野球をやめることにした。自分を追いやった球界にいつか復讐してやる、と誓ったらしいが、 たった一人ではどうしようもないので、日給で働く人などをしながら 貧しい暮らしをしておったようじゃ。

助手 野球バカの悲しい末路というやつですね。

博士 ところがじゃな、ある夜、ライスクラッカーフトンという 安価で健康的な寝具にくるまって寝ていた彼は、夢を見たのじゃ。

助手 どんな夢でしょう。

博士 9人の『超人』から成る無敵の野球チームが、沢村を追い出したチームを こてんこてんに負かしているという夢じゃ。 そして超人たちは彼に語った。今は昭和47年、つまりその夢を見ている時から 20年以上たった未来じゃな、そして9人とも昭和29年9月9日に生まれ、 身体のどこかに野球のボール型のアザがある、全員が沢村を尊敬し、その意志を 継ぐ者だ、とな。

助手 デンパ系ですか...

博士 じゃが沢村はこれを正夢だと確信した。20年後には超人チームができる、 これで復讐を遂げられる、と狂喜したのじゃ。そして、日給で働く人を やっていては20年たっても、チームの設立費用は貯まらないと考えた彼は、 大金を稼げそうなキックボクサーに転身した。 じっさい実入りはよかったらしいぞ。 沢村を主人公にしたアニメができたぐらい人気が出たのじゃしな。 アニメの主題歌まで自分で歌っておったわい。

助手 第二の人生に成功したわけですね。やっと自分の天声、もとい天性に 気付いたのですね。よかったじゃありませんか。 で、その後、超人は見つかったんですか?

博士 見つかったとも。中にはニセモノもおったので混乱もしたがな。

助手 そしてチームを結成してニッポン野球界に殴り込みをかけて復讐をとげた、と。

博士 それは読んでからのお楽しみじゃ。

助手 あっ、博士、ここまで話しておいてそれはズルいのではありませんか。

博士 結末まで聞いてしまっては面白くないぞ。せっかく興味を引かれたのなら 自分で読んでみたまえ。ハラハラドキドキの大傑作じゃ。

助手 はい、では全巻貸していただけますでしょうか。

博士 ああ、かまわんよ。

助手 それでは遠慮なくお借りします。

博士 では、本題に戻るぞ。


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