博士
博士
鉄腕アトム
助手
助手


助手 博士、博士、ちょっとお伺いしたいことが...

博士 うむ、なんじゃね?

助手 実はワタクシ、ニッポンに行っておりました。

博士 おおっ、しばらく見ないと思っていたら、旅行をしておったのか。また商店街の福引にでも当たったのかね。

助手 いえ、今回は市営バスのマイレージがたくさん貯まりましたので、無料航空券に引き換えて行ってきました。

博士 そうかね。で、何か研究の役に立ちそうなことはあったかね。

助手 はい、『ロボデックス2003』というロボット見本市で、ロボットの最先端というものを見学してまいりました。なんとニッポンではロボットがデパートで働いていたり。『四角い部屋を丸く掃く』程度の事が出るロボットがスーパーで4000円程度で売られておりました。

博士 なんと、家事能力の最低基準とされた70年代安下宿同棲カップルが出来る程度の家事はもう、ロボットがこなしておるのかね。そのうち『ボタン付け』が出来るロボットも売り出されるかもしれんな。そのロボットが出来た暁には是非『ユリ・トオル号』とでも名づけて欲しいもんじゃが。

助手 今年は『鉄腕アトム』が生誕したことになっている年だそうで、ロボデックスはアトム一色、派手なイベントもやっておりました。しかし、HAL9000と同じくアトムも作者が設定した生誕日に間に合わなかったので、アトムの姿をしたカラクリが起き上がっただけでしたが。

博士 おおっ、アストロボーイか。ワシはあれのシールを母の嫁入り箪笥に貼ったおかげで、いまだにそのことを母にねちねち言われておる。あの頃は小学校低学年以下の子供のいる家のどこかしらにあれのシールが貼ってあったもんじゃ。まぁ、ニッポン人にとってアトムは特別な思い入れがある存在なんじゃろう。わが国のHAL9000のようにな。

助手 いいえ、博士、実はそうでもないようなんです。

博士 どういうことかね。

助手 はい、どうやらニッポンのロボット工学の第一線にいる科学者・技術者たちは、本音ではアトムなど意識してはおりません。

博士 根拠はあるのかね。

助手 はい、ロボデックスに出品されていたロボット、まぁ、くだらないモノやお笑いに走ったようなモノを除いた、まともなロボットをつくったの開発者たちのインタビューを雑誌やインターネットなどでよく読んでみたところ、彼らの大部分はガンダム世代なのです。

博士 なるほど、ニッポンのロボット開発の第一線は、20年前に小学生や中学生じゃった世代が中心なのじゃな。

助手 その通りです、彼らの多くは、ロボデックスの公式発表以外のインタビューでは『この手でガンダムを作りたい』と語っています。もう少し若い世代はパトレイバーですね。『子供の頃にアトムを観て感動して』とか『アトムを作りたいと思って』などという理由で進路を選択した者は、少なくとも今の第一線にはおりません。

博士 確かにそうかもしれんのう。じゃぁ、なぜ彼らは本音を隠して『アトム、アトム』なのじゃ?

助手 はい、いろいろ考えてみたところ、プロの開発者たちはガンダムやパトレイバーに子供の頃から馴染んでいる世代ですが、開発予算を握っているジジイども、もとい、管理者がアトムしか知らないからではないでしょうか。

博士 まぁ、仕方ないことかもしれんのう。一時期、雑誌や文庫本などで『著名人が選ぶ名作漫画』などという企画があると、必ず『鉄腕アトム』と『サザエさん』だけをあげる人物がいて、選んだ理由というのが『それしか知らないから』だったりしたもので、大勢の漫画読みが『沢山読んだ中からそれを選ぶならともかく、著名人だというだけで、そんなやつに選ばせるなぁ〜!俺に選ばせろ〜!』と地団駄を踏んだものじゃ。しかし、ロボットというものはそういう人にもアピールせんといかんからのう。

助手 しかし、『アトムのようなロボットを作れ』と言っておいて。目の前に赤いブーツに黒ブルマの半裸の少年ロボットが出てきたら。ジジイども、もとい管理者の方々は動揺するのではないのでしょうか? 『時節柄それはまずい。開発中止』などということになったら目も当てられません。

博士 いや、形を真似ろということではない。アトムはデザインはともかくとして、ガンダムやパトレーバーなどの『モビルスーツ系』とは違って自律型ロボットじゃ、最初に簡単な命令を受ければ自分で判断して行動するし、自分が納得しなければ命令に背くことさえする。暴力をふるう相手に『わからずや!!』と言いながら殴りかかっていく、矛盾した性格も持ち合わせておるなど、なかなか高度なロボットじゃ。そういえば、アトムが母親に尻からエネルギーを入れてもらう場面を見て『ギョウチュウ検査のようだ』と評した友人がおったのう。

助手 いや、そういう思い出は横に置いといてですね。なにかもう少し開発者が心情的に納得できる、ロボットの目指すべきモデルのようなものを博士のお知恵をお借りして見いだしたいのです。ニッポン文化に精通なさっている博士なら、ニッポン人が開発の目標に設定すべき最適なロボットをご存知のはずです。ワタクシは、黒いブルマと赤いブーツを履いた少年ロボットが日本中、いや、世界中に広まる前に何とか阻止したいのです。ニッポン人ならジジイを含めて誰もが知っていて、かつ自律型のロボットは何かないものでしょうか。

博士 そうじゃのう、そう言われてみると、案外と思いつかないものじゃのう。

助手 博士ほどの偉大な科学者にも思いつかないものなのでしょうか。

博士 ふうむ、ちょっと待てよ・・・ そうじゃ、ジャイアントロボはどうじゃ。

助手 ジャイアントロボですか。あれなら初登場から35年以上経ってますから、ジジイにも認知度はあるでしょうね。

博士 そうじゃ、それにロボはある意味、究極の自律型ロボットじゃ。なにせ大作少年が『ロボ、頑張れ!』と言うと本当に頑張ってくれるからのう。アトムと同じように空も飛べるし自己判断で命令違反をすることもある。パワーや戦闘力はアトムより数段上じゃ。唯一アトムにできてロボにできないのは言葉を喋ることぐらいじゃが、アトムのように最初は敵を説得しようとして逆に理屈で言い負かされて、反論できなくなった挙句『えい、この分からず屋め!』と暴力に訴えたりするぐらいなら、最初から喋らんほうがマシじゃ。

助手 なかなか良い案ですが、博士、ジャイアントロボは起動時と決め技を繰り出すときに操縦器から命令をださなければいけないので、完全な自律型とはいえません。それに残念なことにジャイアントロボは、その名の通り巨大ロボットです。ロボデックスのような催しもので人寄せパンダを演じるには会場が狭すぎます。等身大のロボットの中にもっと適切なものはありませんでしょうか。

博士 サイボーグやモビルスーツならいくらでもでてくるのじゃがのう。

助手 え〜と、今思い浮かんだのですが、『レインボー戦隊』のリリなどはいかがでしょう? 先日、実家の物置を掃除していたところ、姉の5歳の頃のスケッチブックが出てまいりまして、その大半がリリで埋まっておりました。お姫様やお嫁さんよりも、リリに萌えていたとは我が姉ながら天晴。

博士 『レインボー戦隊』? 見たことがないぞ、ワシが見ておらぬぐらいじゃからニッポンのジジイどもの間の知名度はゼロじゃろう。

助手 お願いします、博士。ニッポンの開発者たちをブルマの呪縛から解き放てるのは博士だけなんです。

博士 うぬぬ、うーん、そうか! そうじゃ、あったぞ。最適なロボットがあったわい。

助手 何でしょうか、それは。

博士 オズマじゃ。

助手 は?

博士 オズマじゃよ。『巨人の星』のアームストロング・オズマじゃ。

助手 へ? 博士、『巨人の惑星』や『巨大生物の島』によく似た『巨人の星』という題名で誤解されているようですが、あれは、SFアニメなどではありません。まぁ、空が一瞬で曇ったり、龍と虎がしょっちゅう空中戦をしていたり、ヒューマノイド生物が目から火を噴いたり、その生物の幼生体が金属製の奇妙なコスチュームを装着していたりはしますが...

博士 何を言っておる、それぐらいわかっておるわ。オズマは自ら『オレハ野球ろぼっとダ』と名乗っておったではないか。そう、ロボットなのじゃよ、オズマは。最初に『大リーグボールを打つ』とか『尊敬される合衆国市民になる』といった目標さえ設定すれば、自分で考えながら突き進んでいくところなどまさしく自律型ロボットの理想じゃよ。そういう高度な野球ロボットをひそかに投入するなど、さすがに後に筋肉増強剤を使ったホームランバッターを生み出した球団じゃのう。勝つためには手段を選ばぬところなど、いっそすがすがしいぞ。うん、そうじゃそうじゃ、オズマがよい。『巨人の星』なら50歳代のニッポン人にもアトム並みの知名度があるしのう。我ながらよい案じゃ。これでいこう。今すぐまたニッポンに飛んで、ロボット開発者たちに提案したまえ。

助手 いえ、あの、博士。残念ですが、オズマはロボットではあり得ません。

博士 しつこいのう、いったいなぜじゃ?

助手 オズマはアシモフが提唱したロボット工学三原則に反しています。『第一条:ロボットはニンゲンに危害を加えてはならない』をご存知ですよね。

博士 うむ、よーく知っておる。

助手 しかしオズマは徴兵されてベトナムに行き、そこで戦闘行為に加わっています。これは明らかに第一条に違反しているではありませんか。そんなものをロボットとは呼べません。

博士 なんじゃ、そんなことか。なに、心配には及ばんよ。当時のアメリカ人にとっては、ベトコンなぞ人間ではなかったからのう、OKなんじゃよ。オズマが戦った相手はニンゲンによく似た姿の別の生き物だったのじゃ。当時のアメリカ人の認識では、な。

助手 ...ありがとうございました、博士。

博士 うむ、わからないことがあったら何でもワシに尋ねに来たまえ。


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