博士
博士

フランスTGV

助手
助手


助手 博士、博士、ちょっとお伺いしたいことが...

博士 うむ、なんじゃね?

助手 とうとう500系がトウカイドウシンカンセンに乗り入れを開始しましたね。

博士 また鉄っちゃんな話題じゃな。

助手 博士、以前も申しましたが、ワタクシは鉄道ファンです。そのような蔑称で呼ばれる筋合いはありません。

博士 ああ、わかったわかった。ワシが悪かった。で、500系シンカンセンがどうかしたのかね。

助手 なんでも500系シンカンセンは、最高営業速度がティージーヴイと並んで世界最速なんだそうです。

博士 なんじゃね、そのティージーブイというのは。

助手 博士、「ブイ」じゃなくて「ヴイ」です。前歯で下唇を噛むんです。

博士 君も意外と細かいことにこだわる男じゃのう。ティージーヴイ、これで満足かね。

助手 はい、結構です。

博士 で、いったい何なのかね。ティージーヴイとやらは。

助手 ご存知ないんですか?

博士 ワシは鉄っちゃんではないからのう。

助手 博士、くどいようですがワタクシもそういう者では...

博士 ああ、わかったわかった。ワシが悪かった。で、それは何ものかね。

助手 TGVというのはですね、フランスの高速鉄道です。

博士 君は今までずっと「V」を「ヴイ」と発音してきたのかね?

助手 ええ、そうです。世界の田舎者・ニッポン人じゃあるまいし、「ブイ」などと間違った発音をしたことなど、ただの一度もありません。物心ついた時からずっと「ヴイ」です。

博士 友達にヘンな顔をされなかったかね。

助手 ワタクシには友達がおりません。

博士 ご両親は何かおっしゃらなかったのかね。

助手 いいえ、何も。母はいつも優しく微笑んでいるだけでしたし、父は「男は黙って背中で語る」がモットーでしたから。

博士 ...「V」は「ヴィー」と発音するものじゃ。

助手 博士は意外と細かいことを気にするお方だったんですね。

博士 君ほどではないと思うがな。それにフランスの鉄道なら、ちゃんとフランス語読みで「テジェヴェ」と読むべきではないのかね。外国のアルファベットを英語読みしていると「これだからアメ公は。世界の中心はアメリカだと思っていやがる」と悪評が立つぞ。

助手 博士、それは考えすぎです。ニッポン人もTGVを英語読みしていますが、彼らは世界の中心がアメリカだなどとは思っていません。

博士 あれはじゃな、ニッポン人は「ガイジンは誰でも英語を話す」と信じているからじゃよ。

助手 そういうハナシはともかくとしてですね、博士、とにかくニッポンのシンカンセンはスピードの面でTGVに追いついてしまったんですよ。しかも、500系の次には700系というのが控えています。ぼやぼやしているとTGVは追い抜かれてしまうかもしれません。

博士 フランス人にとっては面白くないじゃろうな。

助手 ええ、アジアの猿どもに負ける訳にはいかない、と思っているはずです。ところが、どうも妙なんです。

博士 何がじゃね。

助手 フランス国鉄はこれ以上スピードアップできる列車の開発をしていないようなんです。あの誇り高いフランスが、ニッポンに負けるがままでいるとは腑に落ちません。それとも現行速度がフランスの技術の限界なんでしょうか。

博士 いや、そんなことはあるまい。その気になればもっと速い列車を造れるはずじゃ。

助手 では、なぜそうしないのでしょう。

博士 君は700系シンカンセンを見たことがあるかね。

助手 いえ、残念ながらありません。

博士 では君だけに特別に見せてやろう。これが700系じゃ。

700系・横から

助手 500系と比べるとあまり斬新なフォルムじゃありませんね。でも、イルカさんみたいで親しみが持てます。

博士 では角度を変えてみよう。

700系・前から

助手 うっ、こ、これは...

博士 これでもイルカさんかね。

助手 い、いいえ、そんな可愛いものではありません。こまわり君かダヨーンのおじさんに近いものがあります。

博士 君は500系を見てどう感じたかね。

助手 シビレました。カッコいいなぁ、美しいなぁ、と思いました。

博士 機能美、というやつじゃな。しかし、ものごとには限度というものがある。500系を超える性能を得ようとすると、今度は逆に美しくなくなってしまうのじゃ。ましてや、この700系を凌ぐものを作ろうとすると、どんな醜いものになってしまうのか、想像するだに恐ろしいぞ。

助手 そ、そんな... これが高速鉄道の未来の姿だなんて。

博士 これでわかったじゃろう。なぜフランス人が張り合おうとしないのかが。

助手 ええ、こんなカッコ悪い列車を走らせるわけにはいきません。

博士 そんなことをした日には、フランスのおシャレなイメージは砕け散ってしまうじゃろうからのう。それは鉄道のスピードでニッポンに負けるよりも耐え難いことなのじゃよ。今でもフランス人は「あんな醜い列車を造ってまで忙しくなりたい馬鹿なニッポン人め」と笑っておるに違いなかろう。

助手 ...ありがとうございました、博士。

博士 うむ、わからないことがあったら何でもワシに尋ねに来たまえ。


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