日本の歩き方

番外編:気力島


今を去ること、ん年前。ごく平凡なOL・兼・漫画好き主婦であるところのワタクシは、ある日突然、夫にこう宣告されたのでした。『アメリカに行けることになったよぉ。ピッツバーグ。一緒に行こうねぇ』と。

もう、打ちのめされるようなショック!! ピッツバーグってどこよ!! アメリカって殺人鬼が道端うろうろしてんでしょう? 帰国時に、ん才になっている私に再就職の道があると思ってんのかい!!

とグズる私を『向こうに行ったら何か面白いことがあるかもよ』(大意。あとで後輩にこの話をしたら『それってロンバケのせりふ〜』とか言われて萎えました)と言って説得にかかる夫。

『なかなかできる経験じゃないよ〜』と後押しする同僚あんど親戚。

しまいに夫は『同じ時期にアメリカ行きが決まった他所んちではさぁ、ご馳走が出てお祝いだったんだって』とか嘆く始末。

あ〜、ここで失業したら、この小心者の私が就職活動するのはひと仕事だなぁ。一生私を養う根性あるのかオイ。

それよりなにより、アニメや漫画(アメコミは漫画に非ず)のない国に私を連れて行って浦島太郎にするつもりかい。あれとあれとあれの続きは帰国後に読めるんだろうかぁ〜(日本のコミックスって、ちょっと売れ筋外れると、すぐに絶版になってたんですよ。あの頃は...)、あ〜!!

でも、天は私を見放していませんでした。

夫に放り込まれたベルリッツでは、日本アニメ大好きな日系カナダ人の先生にヒット(でも、その先生に出会っただけでは、あの高い学費のモトは取れなかったが)。

どうも、『向こう』には私が知らない世界が広がっているいるようだ。オ〜ホッホッホッ、行ってやろうじゃないかぁ〜。

とりあえず、そういうもんが無かった時のために準備準備っと。私の引越しの手伝いに来た母が『漫画やゲームばっかり送って、アンタ遊びに行くの?』とあきれていたなぁ(いや、おかぁさん、米や味噌を詰め込もうとしたあなたより、まともだったと思うよ私)。スーファミもプレステもLDプレーヤも送ったぞ(当時、『プレステ本体は向こうでも売ってるから』と日本製ソフトだけを持って行って、リージョンコードが違うので動かず呆然とした人が結構いたらしい。向こうのゲーム雑誌を見ると『プレステ改造します』とか『日本製プレステ本体と日本製ソフト、通販します』とかの広告がよく載っていた)。おっと変圧器も忘れずにっと。

渡米後も神(多分、自由の女神あたり)は私を見捨てず。ちょうどインターネットが普及し始めた頃だったおかげで、日本のコミックも通販で約2週間で手に入るように!(値段は倍だが、ニューヨークまで買出しに行くよりずっと安い!)

それに『攻殻機動隊』がビデオ部門でビルボード1位を取ったおかげで、ピッツバーグみたいな地方都市のビデオ屋でも、日本アニメが普通に置いてある。日本ではもう絶版になっているような古いものまで。しかも日本よりずっと安い(まぁ、画質はそれなりですが)。エヴァも渡米中に字幕版・吹き替え版の両方でリリース開始。そうそう、『攻殻機動隊』はもちろん英語字幕版で買ったともさ。日本語のセリフが聞き取りにくいところを英語字幕で救われたことが何度か...

OVA版ジャイアントロボは英語吹き替え版しか近所で売ってなかったもので、我が家では5巻まで英語吹き替え版で揃っていたりします。もちろんセリフが聞き取れないとこは、インターネットでアメリカ人が作っているサイトで全セリフをチェックして、必死で翻訳して観ましたともさ。

ピッツバーグが学生街というのも幸いしたかも。そうそう、こういうもんの普及の始めは、まず、どこの国でも大学生なんだよねぇ。

で、当時の一大イベントが『ゴジラ、ハリウッドで映画化!!』でした。

ピッツバーグのビデオ屋でも、『ゴジラ』『ラドン』『サンダ対ガイラ』なんかがごく普通に(スタートレック並に)売られていたので、下地は充分だとは思ってました。

封切りに合わせて向こうでもお祭り騒ぎが仕組まれまして、関連本やタイアップCM(チワワがゴジラを罠で捕らえようとするタコベルのCMが一番お気に入りだった)も結構出てました。

ただ、肝心の映画のほうは皆さんご存知のとおり。初日に観に行ったら、いつもは『イェ〜!!』とか『ゴゥッ、ゴゥッ!、イェス、イェス、イェス!』と大騒ぎのティーンエィジャー君たちが上映後に唖然としていたのが印象的でした。

で、その勢いで出版されたらしいのがこれ。アメコミ版ゴジラ。

アメコミ版ゴジラ
Quoted from "Dark Horse Classics 'GODZILLA' 1", Dark Horse Comics, Inc., USA, 1998
え〜っと、日本でも結構紹介されていますが、やはり、日本人として思わず買ってしまう一冊です。

このシリーズは、最近の本家ゴジラと同じように日本人で構成された対ゴジラ部隊『Gフォース』がゴジラと対決するというのが毎回のパターンになっているようで、そのリーダーの名前がカガク・カズシ博士。まぁ、この人の名前には横に置いといて、と。

Gフォースの面々
Quoted from "Dark Horse Classics 'GODZILLA' 1", Dark Horse Comics, Inc., USA, 1998
本州の南東200マイル(約320Km)沖の太平洋上にあるキリョク島にゴジラが向かっているとの報を受けて、住民を避難させるためにGフォースがキリョク島に急行するところから始まります。

背後にいるイージス艦は海上自衛隊のじゃなくて米海軍のもの。

そういえばゴジラ映画ってなぜか陸上戦が多いんですが、それはゴジラの泳ぎっぷりが凄くて気がついた頃にはもう陸上戦しか選択肢がなくなるからなんでしょうか? それとも上層部が派遣うんぬんでもめてるうちに上陸されちゃうからなんでしょうか? いっそ海上保安庁にイージス艦を導入するなんていう荒業を使っちゃうとか。え〜っと、海上保安庁は領海内を航行する不審物に警告を何回かして無視されたら発砲していいんですよね? 撃つのはアスロックでもいいんですよね?

ちなみに手前右側に座っているのがカガク博士です。操縦桿を握っている手前左側のかた、剃り込みの具合が怪しげです。どう、怪しげかというのは後ほど。

そしてキリョク島に到着したGフォースの面々が目にしたものは...

気力島に到着
Quoted from "Dark Horse Classics 'GODZILLA' 1", Dark Horse Comics, Inc., USA, 1998
特撮映画によくある、現代文明を拒絶した島が舞台。

で、なぜ、ここの島民たちが近代文明を拒否しているかというと、太平洋戦争で酷いめに遭って、『それもこれもテクノロジーが悪いからじゃ!テクノロジーなんか要らんのじゃ!』ということで、ついにはアーミッシュのように近代文明を拒否して昔ながらの生活をしているようです。でも、ちょっと逆行し過ぎのような気もしますが...(今でも日本にはこういう家しかないと作者が思っているわけではないので念のため)。物質文明を否定 ⇒ 信じるものはスピリチュアルパワー ⇒ 直訳して『気力島』、なんでしょうかね。

こうして、最近の日本特撮映画でのトレンド、古代文明というか呪術的なものとかとの出会いで話が進んでいくようです。困った時のクトゥルー神話、みたいなもんでしょうか?(クトゥルー神話って、ファンタジー界のUNIXみたいなもんだと思ってるんですが、それでいいんでしょうか?)

特撮、古代文明とくれば巫女。これは欠かせないようです。アメリカ人にとってはストーリーに神秘性を添えるスパイスとして、日本人にとってはフェチの対象として。

大きい胸・登場
Quoted from "Dark Horse Classics 'GODZILLA' 1", Dark Horse Comics, Inc., USA, 1998
それにしても、巫女の名前がこれ、『オオキイムネ』。う〜ん、奥ゆかしい巫女が『大きい胸』...

いや、日本では、ついこの前まで(昭和初期ぐらいまでか?)『オオキイムネ』は美の条件ではなかったんだがなぁ...(そのあと、『胸のでかい女はバカ』とかいってるくせして巨乳がもてはやされた謎の時代を経て、男性も女性も『でかくて綺麗な胸はいい』と素直に言える時代になったが)

島民の頭髪具合(洋髪と日本髪、ちょんまげがまざっている)からすると、キリョク島の文化は明治時代初頭(文明開化華やかなりし頃)あたりまで逆行しているようです。しかし、島民はともかくとして、近代文明にどっぷり使っているはずのさっきのGフォースのパイロット(名前はキノ)の謎の剃りこみ、どう見てもチョンまげ。これは彼のアイデンティティなのか。

そして、真打登場。

ゴジラ対大魔神?
Quoted from "Dark Horse Classics 'GODZILLA' 1", Dark Horse Comics, Inc., USA, 1998
この戦国武将の化け物(にしては木槌で戦っているのが謎)『ゲキドージン(激動神?)』を、最初、私は大魔神みたいなものだと思ってたんですが(大魔神の第一作と同じ『コゲンタ』という名前のキャラクターも出てくるし。そういえば、もしかしたら『大魔神VSゴジラ』が実現するかもしれないというニュースが世間を騒がせていますが、やっぱり、大魔神は時代劇だし、今、マジにああいう時代劇ができる俳優さんが少ないので、復活させるにしてもジジむさい映画にするしかないと思います)、この戦国武将の化け物、厳密にいうと大魔神じゃないです。確かめたいかた、ぜひ実物をご覧ください。最後にゴジラが死にきらないとこは本家ゴジラと同じ。

でも、アメコミは胃にもたれるよなぁ。ああ、日本の漫画を読みたいなぁ(通販で単行本は買っていたが、日本食材店で売っている週刊漫画誌は高くてもったいないので毎週は買えなかった)と思っていたところ、夫がアメリカで出ている翻訳漫画誌(海賊版ではなく正式な海外進出版)を買ってきてくれた。多分、日本でも行くところにいけば買えたと思われるので、ご覧になったかたもいらっしゃるかもしれません。

日本の漫画を連載している雑誌
ああっ、『寄生獣』だぁ。これ、日本にいるときに全部読んでんだよなぁ。ちょっと気持ち悪くてあんまり好きじゃなかったけど。

これが連載されてた頃の『アフタヌーン』を夫が毎月買ってて、ゴミ捨てが大変だったんだよなぁ(その頃、『アフタヌーン』は毎号1000ページ以上あって、それを売りにしていた)。

まぁ、おかげで『ワッハマン』とか『ディスコミ』とか花輪和一の河童の出てる漫画とか読めてよかったんですけどね。チャイナさんとか、ヨコハマとかガンスミとか無限とかも、あの頃読んでたなぁ。

で、この『寄生獣』、アメリカでは『PARASYTE』というタイトルで一話づつ掲載されてます。当時、一緒に連載していたのが『レイアース』『セーラームーン』に『地雷震』。

なぜ今回これを取り上げようと思ったかというと、ハリウッド版『リング』で貞子が『サマラ』になっていたせいかもしれません。

田宮良子がこう名乗っております。タマラ・ロックフォード

田宮良子⇒タマラ・ロックフォード
Quoted from "Parasyte", Hitoshi Iwaaki,
P.110, "MixxZine issue 1-4", Mixx Entertainment, Inc., USA, 1998
どう考えても後ろにいるのは日本にしかいない詰襟やセーラー服の高校生。これを読んだアメリカ人は不思議に思わないのか。

いや、かつては日本でもアルセーヌ・ルパン(リュパン)が最初の翻訳では『(いたち)小僧・有田(ありた)龍造(りゅうぞう)』になっていたり、仮名垣魯文の訳ではハムレットが『葉叢丸(はむらまる)』、オフェーリア姫が『実刈屋(みかりや)姫』になっていたりした例があるんで、よその国のことをとやかく言えた義理じゃないんですが、まぁ、これが出版されていた4年前のアメリカは日本の明治初期みたいなもんだったんだなぁ、ってことで。今のアメリカだったら本名を名乗れていたかもしれませんが。

で、最近話題の『アメリカでジャンプ販売』のニュースでもさんざん言われていますが、当時、日本の翻訳コミックは日本とは逆開きだったもので、全ページが裏焼きになっています(アフタヌーンの連載で須賀原洋行氏が『外国で出版されるにあたって裏焼きになった日本のコミック(作品名は忘れちゃいましたが)が、裏返してもデッサンが全然狂っていない。凄い。で、自分はというと...ぐわぁぁ〜』ということで、裏焼きになってもおかしくない絵にするべく練習するという回があった。最終的には挫折するんだが...)。

なので、副(?)主人公の『ミギー』(え〜っと、ご存知ない方々のために説明すると、ミギーとは主人公の右手に寄生した謎の生物なんで、主人公にミギーと名付けられてます)も、必然的に改名を余儀なくされています。

ミギー⇒レフティ
Quoted from "Parasyte", Hitoshi Iwaaki,
P.103, "MixxZine issue 1-6", Mixx Entertainment, Inc., USA, 1998
ヒダリー』...

学生服のあわせも逆になっていますが、そんなことより『ヒダリー』です。どっかの方言みたいです。

う〜ん、もし、金田一少年とかコナンとか、探偵物の漫画が輸出されて裏焼きになった場合、『この刺し傷からすると犯人は...右利き! 犯人は右利きのあなたです!!(日本語版ではもちろん犯人は左利き)』なんてことになって、アメリカの日本漫画好きに『日本人は左利きが多いから、右利きが状況証拠になるんだぁ。アメリカと逆だぁ』と思われるかも。へたすると、金田一少年あたりは最終回を出版できない恐れが...

それから、ご参考までにヒロイン、いや、真のヒロインは田宮良子だと思うが、彼女は途中で死んじゃうんで(やっぱり、子供は標本になっちゃったのかなぁ)、とりあえず最後まで出てくる、主人公用お色気要員の子、この子の名前はこんな感じ。

村野里美⇒サラ
Quoted from "Parasyte", Hitoshi Iwaaki,
P.78, "MixxZine issue 1-5", Mixx Entertainment, Inc., USA, 1998
里美が『サラ』、あまりヒネリがないな。

主人公・新一の名前はこう。

泉新一⇒シン
Quoted from "Parasyte", Hitoshi Iwaaki,
P.97, "MixxZine issue 1-6", Mixx Entertainment, Inc., USA, 1998
まぁ、主人公が一番、原作に近い名前になってます。

最後に、アメコミ版ゴジラでの私の一番お気に入りのシーン。

トム トム トム
Quoted from "Dark Horse Classics 'GODZILLA' 1", Dark Horse Comics, Inc., USA, 1998
う〜んと、特撮映画クライマックスシーン直前によくある『サクリファイス』シーンなんですが、膝から下だけで『トム、トム、トム』と踏まれた日には死んでも死に切れませんね。ん? THOOMはトムじゃなくてズーンかな? ま、いいか。

それから、『コゲンタ』っていうと、唐沢なをき氏の『カスミ伝』を思い出しちまいました。なんかペラペラの格好で足の下から出てきそうな感じ。


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