ロシア:例文さんを探せ



「例文で覚えるロシア重要単語2200」(佐藤純一・木島道夫 共編、白水社) P.7 から

いしいひさいちの4コマで、何かというと親方に竹刀で殴られていた朝潮関のことのようです(親方になった今は朝青龍を竹刀でドつくどころか、逆にコケにされてます)。

これは、こういう辞書(というか単語集)に載っていたもの。

なぜこんなものを買ったかというと、去年エストニアで手に入れたロシアのゲーム雑誌(日本のエロゲー特集号)を読みたくなったからでした。
 
近所の書店にあった一番安いロシア語辞書(みたいなもの)がこれだったんです。ああっ、こうゆうことやっちゃいけないって教訓どっかで学んでなかったか?

買って帰って、ぱらぱらめくったら、いきなりこういう例文が。

  • ソ連は労働者と農民の社会主義国家である。
  • 夏に学生達はコルホーズへ働きに行ってきた。
  • 社会主義諸国は世界経済でますます重要な役割を果たしている。
これいつのもんだ?と奥付を確認してみると...
ソ連崩壊から10年以上たっているのに、改訂の手を入れずに増刷し続けているようです。

ってか最近の若者達、コルホーズって社会科(今は何科に分類されるんだ? 昔はバリバリの『地理』だったが、今や世界史?)で習うかね? おばさんは習ったけどな。意味は...意味は、う〜ん、忘れちゃったなぁ〜。集団でやる農場だったような...ソ連だし。仲間にソホーズっていうのもあったような気が...

授業中、『中国の下放みたいなもんですか?』と質問したら『違う』って言われた過去あり。昔はこれ知らないと受験で5点ぐらい失ってたけど、今の子は違うんだよなぁ。まぁ、そのかわりベルリンの壁崩壊後のこと色々覚えなきゃなんないのか? 世界史の教科書って、昔より薄くなってるようですけど、どこらあたりが削られてるんだろ...

で、この辞書(というより単語集)、隅々まで読んでみると、一時流行った『新解さん』並みに例文が個性的です(いろいろ調べてみると、一部ロシア語好きの方々の間では有名らしいです)。

余談ですが、昔、私が中学生だった頃、うっかり入学祝いに『三省堂で金田一さん監修ものだったら間違いない』と、親御さんや親戚に新解さんを買い与えられちゃった同級生が結構いまして、『そんなの辞書に書いてあるはずがあるかぁ〜』と怒鳴る新任教師と『ほんとに載ってまぁ〜す』という生徒の間で小競り合いが起きたりしてました。

ベテラン教師は『辞書によっていろいろな解説がある』という授業をするために、違う辞書を読み比べさせたりしてましたが。で、新解さん(いや、当時は新解さんだと確認したわけじゃありませんが、結構笑った覚えがあるので、多分あれは新解さんだ)を持ってる生徒は、その授業中ヒーローでしたね。あの先生、多分、新解さんを知ってたんだろうなぁ。

当時の私は、『同じ三省堂の辞書なのに、解説が違うわけないじゃん。あんなお茶目な解説、○○の創作じゃねぇのか(←運の悪いことに私のクラスで新解さんを持っていたのは、お調子者の男子ばかりだったのだ。もしかしたら女子もいたかもしれないが『ヤバイ』と思って、持っていないふりをしていた可能性もあり)。人笑わす為に捨て身だなぁ』なんて思ってました。

では、『新解さん』ならぬ、『例文さん』のひととなりを探ってみましょう。

◆ 例文さんは、文学が好き。

  • ゴーリキーは偉大なロシア文化人であった。
  • 私はトルストイの肖像入り切手を数枚買った。
  • 世界中の人々が大作家トルストイを知っている。
  • 私はトルストイの小説「戦争と平和」をロシア語で読んだ。
  • 私はトルストイの長編小説の第1章を読み終えた。
  • チェコフスキーは有名な児童文学作家だ。
  • ツルゲーネフは過去の世代の最もすぐれた人の1人である。
  • 私はチェーホフの短編が好きだ。
  • この映画はドストエフスキーの映画をもとに作成されている。
ロシアの文豪が頻繁に出てきます(ちなみに、ロシア以外の文学者は一人も出てきません)。

私にとっての著名ソ連文学者というと、ソルジェニーツィンかスタニスワフ・レムですが、実はどちらも読んだことなし(レムはアタックしたことはありますが、挫折しました。映画『ドクトルジバゴ』も1時間で挫折したなぁ。でも映画『惑星ソラリス』のノーカット版は寝ないで見たぞー。若かったからか? それとも閑だったからか? 一番好きなのは『放蕩息子の帰還』が飾ってある部屋のシーンだ。知り合いは『解凍される妻のシーンが一番に決まってんじゃん、透け乳首だし』とかほざいとりましたが)。

と書いたところ指摘してくださった方々がいらっしゃいました。レムはソ連じゃなくてポーランドの作家でした。
まぁ、『プラウダ』に出てくる単語の8割をカバーするように単語を選択したと前書きに書いてある例文さんに、シベリア送り(だったかなぁ、ともかく流刑地の収容所送り)にされたソルジェニーツィンや、SF作家のレムが出てくるわけはありません。

私のアタマの中では、ロシア文学イコール若作りした杉村晴子大先生や沢村貞子大先生のイメージが(ああっ、ごめんなさい!! テレビではよく拝見しておりましたし、舞台でもお二人が大変な名優というお噂だけは伝え聞いておりましたが、いかんせんご存命の頃には、貧乏学生にはお二人の舞台を拝見することがかないませんでした。ていうか、ルパーシカ着て腕くんで難しい顔したおっさんが客席に大勢いそうだったしなぁ)...もしかして私、ロシア文学(童話も含む)は一作もまともに読んでないのか?

いや、それより例文さん、『戦争と平和』を原文で読むとは凄いです。『戦争と平和』は翻訳版を読むだけでも凄いのに、それをロシア語で読むとは、さすが例文さん。『指輪物語』(すいません、英文で長い小説っていうと、これしか思いつきませんでした)を原文で読むより、『死霊』読むより(『ぷふい』と『あっは』で挫折しました埴谷先生! あれさえなければ読み切れそうな気がします)ずっとずっと忍耐力があるような... ロシア文学って忍耐力試されてるような気がするなぁ。

◆ 中でも例文さんは、プーシキンが好き。

  • プーシキンは偉大なロシアの詩人である。
  • プーシキンはロシアの偉大な国民詩人だ。
  • 彼は演説をプーシキンの詩句でしめくくった。
  • これはプーシキンの生家です。
プーシキンは4回も出てきます。これは上のトルストイと並んで最多でした。ところで、プーシキンって、詩人に分類されるんですね。知らなかった...

◆ そもそも例文さんは、詩人という存在に思い入れがある。

  • 詩人は常に前進しなければならない。
  • 彼は主として詩を書いている。
  • 彼は文豪であるばかりでなく詩人でもある。
  • この詩人は才能を持っている。
  • 彼は詩人であるばかりでなく偉大な学者でもある。
日本では俳句、短歌、川柳があるせいであまり見かけませんが、アメリカとかでは『詩を朗読する会』なんて集まりが、ごくポピュラーに(それこそ市のコミニューティセンターで社交ダンスや大極拳やるみたいに)行われとります。だからクリスティーの小説なんかでも、ごく普通のおばさんがテニスンの詩を口ずさんだりできるんですね。

で、ソ連時代の詩というのは、琵琶法師による平家物語みたいなもんなんでしょうか? 韻を踏みながら、戦いやら政治やらを語る、ってことで。

◆ 例文さん自身も、詩人である。

  • 私に羽があればいいなあ(『羽、翼』の例文)
  • 空には小さな星や大きな星が沢山でている(『小さい』の例文)
  • 彼女のおもかげは長く私の脳裏を去らなかった(『姿、形、像』の例文)
  • スクリーンからよく知った顔が私を見ていた(『スクリーン』の例文)
  • 何という不幸だ、自分の母親が死にかけているの息子が知らずにいるのだから(『死ぬ』の例文)
  • 空気は、月がゆっくり空と海の間を流れていくように見えたほどきれいで澄んでいた(『晴れた、澄んだ』の例文)
ポエマーというか、ドリーマーですね、例文さん。

特に最後の二つなどは、なぜ単なる例文にそこまで朗々と歌い上げるか?というぐらい感情が高まっています。

◆ 一方、例文さんは、音楽にはあまり興味がない。

  • 彼にはチャイコフスキーのような才能がある。
音楽家の名前が出てくるのは、この一つだけ。保守的な例文さんにとって、ムソルグスキーやリムスキー・コルサコフは眼中にないようです。

バレエやサーカスも全く取り上げていないので、例文さんはこれらにも興味がないようです。

◆ 当然ながら例文さんは、社会主義・共産主義を信じている。

  • 社会主義諸国では労働者の搾取はない。
  • ブルジョアジーは社会主義の敵だ。
  • ただプロレタリアートのみがブルジョアジーに勝つことができる。
  • この問題を解決するのはプロレタリア階級だ。
  • コミュニストは全世界における平和の闘士だ。
  • 労働者階級は社会主義革命に積極的に参加した。
  • 階級社会においては道徳は階級的性格を帯びている。
  • 共産主義の下では階級がなくなるだろう。
  • 社会主義の下では国家統治には広汎な勤労大衆が参加している。
ちょっと観念的すぎますけどね。

◆ 当然ながら例文さんは、資本主義と資本主義国に批判的である。

  • ブルジョア諸国家では権力は人民の手にない。
  • 資本主義諸国では政権の座にあるのは資本家たちだ。
  • 資本主義諸国ではブルジョアジーは技術革命の成果を自分の階級的利益のために利用している。
  • 資本主義の下では多くの矛盾がある。
  • 資本主義諸国の勤労者達は自分たちの権利のために戦っている。
  • 労働者階級は資本家と闘っている。
  • 資本主義諸国では労働者の経済的、政治的闘争が行われている。
そりゃ間違ってるとは言いませんが、共産主義がそうじゃなかったのか、というと、ねぇ。

◆ しかし例文さんは、決してアメリカが嫌いではない。

  • モスクワにアメリカ人の一団が到着した。
  • 彼はイギリス人かそれともアメリカ人か。
資本主義の総本山アメリカが出てきても、淡々としています。それどころか、
  • 私はアメリカ文学が好きだ。
果てはこんなのまで。
  • 彼は家族を捨ててアメリカへ行ってしまった。
もしかして、亡命ですか?

◆ 例文さんは、前倒しで計画を達成することを好む。

  • 我々は5か年計画を4年で遂行した。
  • 彼らは計画を150パーセント遂行した。
  • 我々の工場は計画を期限内に遂行した。
  • その工場は期限より早く計画を遂行した。
  • 工場の勤労者たちは期限前に計画を遂行した。
  • 我々は仕事の始まる1時間前に工場に着いた。
例文さんの世界には、『さぼり』とか『納期遅れ』とか『目標未達』はないようだ。

◆ 例文さんは、社会の問題点を的確に把握している。

  • 企業における労働規律を向上させる必要がある。
  • 労働者たちは食堂の給食の改善を要求している。
  • 労働条件の改善が必要だ。
  • 農民たちには土地が少ししかない。
労働者の祖国・ソ連にもいろいろ問題はあったようです。
  • 彼らは帝国主義戦争に反対して戦った。
  • 彼らは人民の生活の物質的な水準向上のために戦った。
  • 民衆は自らの自由を守るために立ち上がっている。
  • 我々は言論の自由のために戦っている。
  • 彼らは反戦闘争を行っている。
このあたりになると、ソ連のことじゃなくて、他の国のことでしょうか。
  • 彼らは大衆を闘争に起ちあがらせた。
  • 皆が農民の蜂起を待っていた。
これはもう、革命前の帝政ロシアの頃のことを指しているということにしておきましょう、一応。

◆ 例文さんにとって、ウォッカは水みたいなものだ。

  • 彼はコップ1杯の水を飲みほした。
  • 彼は牛乳を1杯飲みほした。
  • 彼はコップ1杯のウォッカを飲み干し、そして話し出した。
  • 彼らはウォッカを1本飲んでしまった。
勤勉な例文さんですが、さすがアル中の国家元首を輩出した国。例文さんのお知り合いも、皆なかなかの酒豪です。

ちなみにウォッカって、最低でも40度近いアルコール度数です。ビールの約7倍です。ていうか火をつけると燃えます。傷の消毒にも多分使えます(昔、帝国陸軍の軍医殿は『なに、弾丸が貫通しただぁ? 征露丸詰めとけ!!』と叫び、ロシアの軍医殿は『なに、弾丸が貫通しただと!ウォッカかけとけ!!』と叫んでいたとかいないとか)。コップ一杯一気飲みすると、かなり怪しい話し方になります。一本飲むと記憶が飛びます(今年の春、生まれて初めて飲みすぎで記憶が飛んで、最近ちょっと臆病な飲みっぷりなワ・タ・シ...)。

少なくとも水や牛乳と同列に語っていい飲み物ではないと思います。

◆ 例文さんには、ホモ疑惑がある。

  • 優勝者に花を手に持った婦人たちが殺到した。
  • 彼らは花をもってソビエト軍諸部隊を迎えた。
共産主義(というか独裁国家?)といえばこれ。

そう、なぜか花持ってますね。片手で握れるぐらいの、ゴージャスじゃない花束。それを頭上に掲げて振るんですよ。最近、話題の某国(焼肉とヨン様の国じゃないほう)でも、時々やってる映像が流れますよね。

でも、『彼ら』って、野郎にやられてうれしいですか? いや、例文さんが言いたい『彼ら』は多分『同志』と同じ意味なんだろう(それにしても『彼』が出過ぎ)と思うのですが、最近、新潮文庫の『文豪ナビ 夏目漱石』の、三浦しをんさんの『こころ』についての文を読んで以来、目が曇っちゃって曇っちゃって(ちなみに、最近、わずか数ページのために本を一冊買ったのは、これと『四字熟誤』という本のP83とP162のためだな。ついでに『こころ』も買っちゃいましたよ。現国の教科書に載ってた血みどろスプラッタの前に、こんなディープな場面があったとは...それと三浦さん、私も貴方の弟さんは怪しいと思います。その後の顛末を是非)。

う〜ん、例文さんを男だと思っちゃいけないのかなぁ。共産主義国家だから、男女平等に登場?

で、例文さんが男だと思うと、こんな例文もなぜか怪しく見えてきます。

  • 彼は兄弟の愛情で親友を愛していた(『兄弟の、親密な』の例文)
  • ただの『友情』ではだめですか?例文さん。
  • そのころ私はよく彼と劇場で出会った(『会う』の例文)
  • 『あっ、先輩!偶然!!最近よく会いますねっ!』 例文さん、これは少女漫画の古典的な罠です。それは運命ではありません必然です。気をつけましょう。
  • 彼は薄い唇、長いとがったあごをしていた(『鋭い、とがった』の例文) 
  • 他にもいくらでもとがったものはあると思いますが、なぜ、あご? なんか印象深いかたがいらしたんでしょうか?
  • 最近、彼女は私に対する態度を変えた(態度;関係 の例文)
  • 私と彼はうまくいっている
  • 別々だとなんでもないのに、続けて書かれちゃうと余計な想像を...

    そしてついに...

  • 私は、彼が私を愛しているという思いに幸せを感じて寝に行った(『幸福な、幸運な』の例文)
  • ど、どこに寝に行ったんですか例文さん!! 『寝入った』んじゃなくて『寝に行った』んですか...

    ◆ 例文さんは、ソ連の歩き方を知っている。

  • 身分証明書を見せて下さい。
  • 実用的ですね。まぁ、旧ソ連でなくても、『自由の国』と言われた国でも最近は、しょっちゅう『Photo ID, please』とか言われるしなぁ。国内線乗るのにも写真付き身分証が必要なんてねぇ。どこが自由なんだ?
    • 我々全員はあなたが間もなくこちらに戻られるよう希望している。
    なにげなく見過ごしてしまいますが、小熊のミーシャのシベリア送りのエピソードでも有名なように、大変気軽に『流刑地送り』が行われていた恐怖政治時代のソ連では、これはなかなかディープな台詞です。たぶん、小声で囁かれることが多かったことでしょう。

    ◆ 例文さんには、日本の心がある。

    • 彼には家の敷居をまたがせない。
    ロシア語でこう言って意味が通じるのかは謎です。

    ところで、この辞書、役に立ったのかというと、辞書引く生活から遠ざかっていたせいと、生来の不精者である私のせいで、全然翻訳できません。やっぱ文法ちゃんとやって、単語も活用とかきちんと覚えてからじゃないと無理ですね。

    と、意気消沈していたところに、なんと私の母の知り合いにロシア語の教授がいるという情報が(え〜っと、今はもうロシア語じゃご飯が食べられないので、ギリシャ語か何語かの先生をしていらっしゃるらしい)。うわっ、ラッキーとも思ったが、お会いしたこともない70才ぐらいの大学教授に、こんなエロ文章(多分)の翻訳を願いできる訳ないじゃん。

    っていうかお願いしたとしても、母にばれたら『お前一体なんてことを!!』怒られるに決まってる...


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